谷口 京  Kei Taniguchi

PHOTOGRAPHER

74年横浜市出身 
日本大学芸術学部を卒業後、NYにてアシスタントを経て独立。
03年より東京にベースを移す。
ファッションからランドスケープまでユルさとスルドさをあわせ持つ、オリジナルの視点で切り取ってゆく。地球がアソビ場?の如く世界を旅するフォトグラファー
雑誌:『Esquire』『NEUTRAL』『TRANSIT』『Number』
広告: CASIO、日本ビクター、三菱商事
CD: 菊地成孔 『野生の思考』など



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Message to MVP(2005年)

アニキ達へのエール」

アニキ達と出会いは1年前の秋。
きかっけは『NEUTRAL』の編集長・加藤君からの一本の電話でした。
「モグ・ビレッジ・プロジェクトという支援団体があります。
彼らとアフガニスタンに行ってもらえませんか?」
一瞬ひるみましたよ。当たり前です。おパリやロンドンじゃない。
それこそ「地雷を踏んだらサヨウナラ」ですからね。
一ヶ月後、関西空港で落ち合った僕らは、機上の人となったワケです。
そうそう。白状しましょう。出発ロビーで初めてお会いした時、
一瞬「この人たちホントにNGO??」と思いました。
だって二人揃って、そこらへ散歩に行くかの如きジャージ姿。
スキンヘッド、おまけに首にアフガンスカーフぐ〜るぐる。
アヤシいのなんのって。もうほとんどお笑いテロリスト(笑
その瞬間、それまで僕が抱いていたお固い「NGO」像は
音を立てて崩壊したのでした。
それからの”珍”道中をここに書き始めたらキリがありませんね。
凍てつく大地、不毛の沙漠を強行軍。

Aqcha, Afghan. 2005.jpgMVP染色職人ジュマの家にて (KEI撮影)



高地の薄い空気の中、日常生活にあるべきものも無く、
一歩間違えば賊に遭い、地雷を踏みかねぬロッキーロード。
ひたすら緊張と忍耐の連続に、平和なバビロン国家ニッポンからやってきた
ヤワな身体は、息凍る朝を迎える度に悲鳴をあげるのでした。
そんな日々、アニキ達は笑顔を絶やさず、現地の人たちと車座になり、
同じ物を喰らい、ジョークを飛ばし、
友情と敬意に満ちた目で接していましたね。
人と人との関わりを先ず第一に据える。
国家や機関によるものではない、
草の根支援のあるべき姿を、僕はしかとこの眼に焼き付けましたよ。
実際、これからモグが活動拠点を移す辺境の村アクチャには、
国際機関の援助は届いていませんでした。
電気も水道もなく、砂漠化が進み、風が吹けば砂塵で眼も開けられぬ有様。
唯一の小学校は生徒数4,000に対し教師40名(月給約40米ドル)。
机、教科書、ノートを数名で共有、
敷地に掘られた水たまりが飲み水(訪れた時は干上がっていました)のため、
チフス等の疫病に感染する生徒もいるといいます。
そして子供達が駆け回る大地には、未だ数すら知れぬ地雷が…。
そんな現実にもひるむ事なく、絨緞工房の運営を通じ、
人々の「自主自立による復興」を目指す頼もしきアニキ達。
その活動に、僕は心より賛同し、エールを贈ります。
頑張れ!モグビレッジ!!